月夜の誘い

【月夜の誘い】
フラッシュとシャドー、時々メタル
シャドーとメタルの飲み会にお邪魔したフラッシュ。月夜の下で酔いどれロボット三体。
情緒を解する二人と、分からない一人。

なんとなく眠るのが惜しい夜だと思った。
フラッシュマンはワイリー研究所の周りを回るように歩いていた。特に目的も何もない。ただ、歩いているだけだったが、悪いものではないと彼は感じていた。
見上げると雲一つ無い夜空に皓々と輝く白い月があった。細く鋭利な形をしていながら、その光はどこか優しい。
どこぞの国では上弦の月と言うらしいそれは、なるほど、ぴんと張られた弦が見えるようだ。弓を番えるにしろ、爪弾くにしろ、きっと良い音を奏でるだろう。そう考え、フラッシュマンは自分をロボットらしくないと自嘲した。この感覚はきっと誰にも理解出来ない。
持て余すこともあるが、それは自分のアイデンティティであると与えてくれた人に感謝する。

それに。情緒だけを言うのならば、解する者はいるのだ。
求めた訳ではなかったが、視線の先にふたつの影を認め、フラッシュマンは小さく笑った。名を呼ぶと、当然のようにそれはフラッシュマンを手招いた。

「メタル、シャドー」

DWNで最も情緒を解しない男と、恐らくはフラッシュマンよりもそれを解し愛でる男が大きな木の影でひっそりと酒を酌み交わしている。
誘われるまま、フラッシュマンは二人の居る場所へ向かった。当ても無く歩いていたが、それは正解だったのだと強くなる酒精の香りににんまりと笑った。

「俺も混ぜてくれよ」
「無論そのつもりでござるよ」
「お兄ちゃんは夜更かしは感心しないよ」

シャドーマンがどこから出したのか、新しい杯に酒を注ぎフラッシュマンに手渡す。
メタルマンの言葉に二人は笑った。咎めるようなことを言っていながら、どこか嬉しそうな雰囲気を醸し出しているのを二人は見逃さない。そういうのを察するのは得意とするところだ。

「まあ、見逃してくれよ、お兄ちゃん」
「むう」
「偶には良いではござらんか」

シャドーマンとフラッシュマンが杯を突き出し、笑う。直ぐにその意図に気付けなかったのかメタルマンは小首をかしげた。そしてよやっと気付いたのか慌てた様子で彼も同じように杯を突き出した。

「乾杯」

合わせず、軽く掲げ三人は杯を煽った。
エネルギー供給の為のオイルやE缶とはまた違った充足感がフラッシュマンを満たす。純粋な熱源に近いと言っても、ロボットである彼らからすればそては大したものではない。しかしこの心地良さを与えてくれるのは、これだけなのだ。

「しかし月見酒とは乙じゃないか」
「うむ。良い月が出ていたから、これはと思いメタル殿を誘ったのだ。花の季節は終わってしまったが、それもまた一興でござる」
「メタルを誘っても分からないんじゃないのか」

なあ、メタル。
にやりと意地悪な笑みを浮かべる弟をちらりと見、メタルマンは手酌しで酒を継ぎ足し、くいっと煽った。

「俺は酒が飲めれば良い」
「メタル殿は花より団子でござる」
「勿体ねぇなぁ」

シャドーマンとフラッシュマンに笑われ、メタルマンは更に酒を煽った。
再び手酌しで注ごうとすると、酒瓶をフラッシュマンに奪われる。

「俺が注いでやるよ」
「麗しき兄弟愛かな」
「お前達・・・」

真っ直ぐに褒められている訳でもないし、完全な善意でもない。他愛の無い優しい悪意は、しかしメタルマンにはまだ理解出来ないものだ。だから彼は素直に彼らの捩れた愛情を受け取り、感動する。

「お」

外見の無骨さからは想像出来ない繊細な手付きで酒を注いでいたフラッシュマンが、注ぎ終わった杯を見て良いねぇ、と笑う。
隣から覗き込んだシャドーマンも同様の反応をし、二人を見たメタルマンは何事かと首をかしげた。どうやら自分の持つ杯に何かあるらしいが、そこにはただたっぷりの酒があるだけだ。

「月を呑むメタルマン。良いねぇ、様になるじゃねぇか」
「全くでござるな」

二人だけで笑い合う様に、メタルは少し釈然としないものを感じながらも、どうせ自分には理解出来ないのだろうと杯を煽った。

杯に注がれた酒に月が浮んでいるからと言ってなんだろうのだろうか。
そういえば、彼らは花を見て酒を呑んでいた時、杯に落ちた花びらに大層喜んでいたことをメタルは思い出した。汚いだけじゃないのか、と口に出した時はそれはもう盛大に呆れられたものだった。

しかし、と月を見上げメタルマンは思った。ただの地球の衛星である、太陽の光に照らされているだけのそれは、確かにうつくしいといえるものなのかもしれない、と。